研究内容
魚類イリドウイルス
魚類イリドウイルスの分類、発症機構、感染症対策に関する研究
イリドウイルス科に属するリンホシスチスウイルス(LCDV)によって引き起こされるリンホシスチス病があります。本病は主に養殖ヒラメで発症し、罹患魚の体表にはリンホシスチス細胞と呼ばれる肥大化細胞が形成されます。本病は非致死性のため、これまでに多くは研究が行われてきませんでした。しかしながら、醜悪な外観症状のため、発症魚の商品価値は著しく低下することから、養殖現場から対策が望まれている感染症の一つです。
これまでに、LCDVの分類と感染細胞の肥大化機構に関する研究を行ってきました。その結果、LCDVは他のイリドウイルス科に属するウイルスとは異なり、宿主魚類によって、ウイルスの遺伝子型が大きくことなることが分かりました。我々が提案した遺伝型に基づいて、海外で新たな遺伝子型が続々と報告されてきています。感染細胞の肥大化機構に関しては、多くのウイルスに感染すると起こるはずのアポトーシスが抑制されていることが分子レベルで明らかにされました。今後は、本病の予防に関する研究、詳細な肥大化形成機構の研究を行う予定です。
主要な論文
(Lymphocystiviruses)
・Iwakiri S, Song JY, Nakayama K, Oh MJ, Ishida M, Kitamura SI. (2014) Host responses of Japanese flounder Paralichthys olivaceus with lymphocystis cell formation. Fish and Shellfish Immunology, 38, 406-411.
・Hossain M, Song JY, Kitamura SI, Jung SJ, Oh MJ. (2008) Phylogenetic analysis of lymphocystis disease virus detected from tropical ornamental fish species based on a major capsid protein gene. Journal of Fish Diseases, 31, 473-479.
・Kitamura SI, Jung SJ, Kim WS, Nishizawa T, Yoshimizu M, Oh MJ. (2006) A new genotype of lymphocystivirus, LCDV-RF, from lymphocystis diseased rockfish. Archives of Virology, 151, 607-615.
マダイのイリドウイルス(RSIV)に代表されるメガロサイティウイルスは、多くの養殖海産魚種に感染することが知られています。我が国では、特にマダイ、ブリ、シマアジの養殖において毎年のように被害をもたらしています。
当研究室で、多様な魚種から検出された本ウイルスを遺伝学的に分類したところ、前述のLCDVとは異なり、その多様性は低いことが明らかにされました。また、本病の対策として、遺伝的に本病に耐性をもつマダイを作出し、商品化に成功しました(日本大学との共同研究)。
主要な論文
(Megalocytiviruses)
・Sawayama E, Tanizawa S, Nakayama K, Ito R, Akase Y, Kitamura SI. (2022) Major histocompatibility IIβ diversity and peptide-binding groove properties associated with red sea bream iridovirus resistance. Aquaculture, 552, 738038.
・Sawayama E, Kitamura SI, Nakayama K, Ohta K, Ozaki A, Takagi M. (2017) Identification of a quantitative trait locus for resistance to RSIVD in red sea bream (Pagrus major). Marine Biotechnology, 19, 601-613.
・Oh MJ, Kim WS, Park MK, Jung SJ, Miyadai T, Ohtani M, Kitamura SI. (2006) Susceptibility of marine fish species to a megalocytivirus, turbot iridovirus, isolated from turbot Scophthalmus maximus (L.). Journal of Fish Diseases, 29, 415-421.
ヒラメスクーチカ症
スクーチカ症の原因虫Miamiensis avidusのワクチンおよび駆虫剤の開発、本虫の生態学的研究
ヒラメ(Paralichthys olivaceus)養殖は重要な産業の一つですが、様々な感染症が起こります。特に、寄生虫病の一つであるスクーチカ症は養殖に大きな被害をもたらします。この病気は繊毛虫の一種が原因であることは知られていましたが、病原体は同定されてきませんでした。私たちは、この病原繊毛虫を形態学的・遺伝学的にMiamiensis avidusに同定しました。また、本虫には3つの血清型が存在することも明らかにしました。血清型は、繊毛タンパク質に起因するものであることを明らかにし、それぞれの血清型を分類できるPCR法を開発し、全国の大学や水産試験場で利用されています。
現在のところ、本症を予防・治療する方法はありません。そこで、①本虫の特徴(例えば、分離した場所や宿主によって病原体に違いがあるのかどうか)、②生態(いつどこに潜んでいるのか?)、③疾病の発生条件、④予防法(ワクチン)、⑤駆虫法(駆虫剤)に関する研究を進めており、ヒラメ養殖における本病の被害軽減を目指しています。
また、近年、水族館で多くの魚種において本病が発生しており、展示が困難な場合があります。現在、沖縄美ら海水族館と共同研究を行い、本病の対策を行っています。
主要な論文
・Narasaki Y, Obayashi Y, Ito S, Murakami S, Song JY, Nakayama K, Kitamura SI. (2018) Extracellular proteinases of Miamiensis avidus causing scutiicociliatosis are potential virulence factors. Fish Pathology, 53, 1-9.
・Motokawa S, Narasaki Y, Song JY, Yokohama Y, Hirose E, Murakami S, Jung SJ, Oh MJ, Kitamura SI. (2018) Analysis of genes encoding high-antigenicity polypeptides in three serotypes of Miamiensis avidus. Parasitology International, 67, 196-202.
・Tange N, Song JY, Kitamura SI. (2010) Detection and identification of Miamiensis avidus causing scuticociliatosis by PCR. Fish Pathology, 45, 130-132.
・Song JY, Sasaki K, Okada T, Sakashita M, Kawakami H, Matsuoka S, Kang HS, Nakayama K, Jung SJ, Oh MJ, Kitamura SI. (2009) Antigenic differences of the scuticociliate Miamiensis avidus from Japan. Journal of Fish Diseases, 32, 1027-1034.
・Jung SJ, Kitamura SI, Song JY, Joung IY, Oh MJ. (2005) Complete small subunit rRNA gene sequence of scuticociliate Miaminesis avidus pathogenic to olive flounder Paralichthys olivaceus. Diseases of Aquatic Organisms, 64, 159-162.
マダイエドワジエラ症
予防に関する研究
マダイ(Pagrus major)は日本で最も重要な養殖魚種の一つですが、様々な魚病が発生します。なかでも、Edwardsiella anguillarumによるエドワジエラ症は甚大な経済的損失をもたらしています。本病は致死率が高いだけではなく、生存できたとしても頭部に潰瘍の傷跡が残るため、商品価値が著しく低下します。また、本菌はマクロファージなどの食細胞に寄生する細胞内寄生性細菌であるため、一般的な不活化ワクチンでは有効性がないことが知られています。現在のところ、本症に有効な対策はなく、養殖現場から対策が求められています。
ヒラメでもEdwardsiella piscicida によって同様の病気が起こりますが、それと比べて本病の知見は少ないのが現状です。近年、私たちは、本菌がマダイの鼻腔をから体内に侵入していることを明らかにしました。本病に対するワクチン開発が難しい理由は本菌が細胞内寄生性細菌であることの他に、安定して感染実験が行えなかったことが挙げられます。我々の研究結果から、本菌を鼻腔から感染させると本症を再現できることが分かりました。今後は鼻腔感染法を活用して、ワクチン開発を目指します。また、本症の典型的な症状として、頭部の潰瘍がありますが、なぜ頭部にこのような症状が起こるのかは全く分かっていません。現在、細菌の体内動態とマダイの免疫の観点から、その原因を解明しています。
主要な論文
・Endo T, Kitamura SI, Kawakami H, Iida T. (2022) The nasal cavity of red sea bream Pagrus major is an important entry site for Edwardsiella anguillarum. Fish Pathology, 57, 26-29.
マボヤ被嚢軟化症
原因鞭毛虫 Azumiobodo hoyamushiの感染環の解明、被嚢軟化機構の解明、本虫に対するマボヤの生体防御応答に関する研究
マボヤ(Halocynthia roretzi )は、東北地方や韓国における重要な水産資源であり、盛んに養殖が行われています。しかしながら、1995年頃から韓国で養殖マボヤの大量死がみられるようになりました。死亡したマボヤは被嚢(外被)が薄く、柔らかくなるのが特徴であることから、被嚢軟化症と病名が付けられました。2007年には、我が国の東北地方のマボヤでも同様の病気が確認され、その発生海域は拡大していきました。長らく、病原体の特定が行われてきませんでしたが、宮城県水産技術総合センター、琉球大学との共同研究で、病マボヤから鞭毛虫を単離することに成功しました。本鞭毛虫が被嚢軟化症を引き起こすこと、そして新属新種の鞭毛虫であることを解明し、Azumiobodo hoyamushiと命名しました。これまでに、本虫の感染環、本虫に対するマボヤの生体防御応答など多くの新規知見を提供しています。
震災のため、マボヤ養殖は壊滅的な被害を受けましたが、一年後に養殖が再開されました。その後、本症は沈静化していますが、A. hoyamushiは天然のホヤ類に感染することが分かっているため、今後の再興に備えて、研究を続けています。
主要な論文
・Nakayama K, Obayashi Y, Munechika L, Kitamura SI, Yanagida T, Honjo M, Murakami S, Hirose E. (2024) Regeneration of tunic cuticle is suppressed in edible ascidian Halocynthia roretzi contracting soft tunic syndrome. Diseases of Aquatic Organisms, 159, 37-48.
・Yanagida T, Nakayama K, Sawada T, Honjo M, Murakami S, Iida T, Hirose E, Kitamura SI. (2022) Innate immunity in the edible ascidian Halocynthia roretzi developing soft tunic syndrome: Hemolymph can eliminate the causative flagellates and discriminate allogeneic hemocytes. Fish and Shellfish Immunology, 124, 201–207.
・Kimura S, Nakayama K, Wada M, Kim UJ, Azumi K, Ojima T, Nozawa A, Kitamura SI, Hirose E. (2015) Cellulose is not degraded in the tunic of the edible ascidian Halocynthia roretzi contracting soft tunic syndrome. Diseases of Aquatic Organisms, 116, 143-148.
・Hirose E, Nozawa A, Kumagai A, Kitamura SI. (2012) Azumiobodo hoyamushi gen. nov. et sp. nov. (Euglenozoa, Kinetoplastea, Neobodonida): the pathogenic kinetoplastid of the soft tunic syndrome in ascidian. Diseases of Aquatic Organisms, 97, 227-235.
・Kumagai A, Suto A, Ito H, Tanabe T, Song JY, Kitamura SI, Hirose E, Kamaishi T, Miwa S. (2011) Soft tunic syndrome in the edible ascidian Halocynthia roretzi (Drasche) is caused by a kinetoplastid protist. Diseases of Aquatic Organisms, 95, 153-161.